気にする評価、気にしない評価
人はクチコミや評価をつい気にしてしまいがちです。
外注先からの評価
先日、ある作業を外注に出していました。終了後にいたいだいたコメントには「依頼内容が明確で、返信が早くコミュニケーションがスムーズでした」と記載されていました。さて、このコメントをどう読むか。依頼内容が明確でない依頼なんてあるのでしょうか?確かに作業担当者にわかりやすく伝わるようにと、依頼内容は箇条書きで端的に書くなど工夫しています。ひょっとしたら、世の中にはざっくりと依頼するだけで、具体的な指示を出せない発注者もいるのかもしれません。
「返信が早く」というのは心当たりがあります。日頃から心掛けていることです。個人事業主なので返信のスピードは信頼に直結すると考えていて、出先であってもiPhoneからメールの返事をすることはしばしばです。特別なことをしているつもりはまったくなくて、連絡が来たから返事をするというだけのこと。逆に返事を先延ばしにする理由が思い当たりません。また、さっさと返事をすればそれだけ早く仕事が進むことになります。幸い、作業などに追われるような仕事はしていないので、連絡が入れば迅速に返信することが可能です。
今回の案件では想定以上の品質の成果物を納品してもらうことができました。またご縁があるかもしれない外注先からこうしたコメントをもらえるのは、満足していたのが私だけでないと知ることができてうれしいものです。
気にしない評価
中小企業支援に携わっていますが、支援にならない支援らしきことには手を染めないようにしています。例えば、補助金の申請ばかりを勧めたり、検索すればわかることを事業者に代わって調べたりといったことです。事業者に良い顔だけを見せていたいと考えたらこうしたことも喜んで手伝わなければいけないのでしょうが、事業者のためにならないと考えているので嫌われるのを覚悟で距離を置いています。
以前に創業の相談を受けた時のことです。「開業届を提出するにはどうしたらよいか」と尋ねられました。調べたら即座に情報を得られることです。個人事業主の場合であれば税務署へ、さらに都道府県税事務所にも個人(法人)事業税の事業開始等申告書の提出が必要です。こうした情報は事業にとって重要な事柄であるはず。にもかかわらず、自分で調べようとせずに第三者に尋ねて答えを得ようとする感覚がさっぱり理解できません。そんな調子で事業を営むことができるのか疑問に感じてしまうのです。この事業者には税務署に提出する旨をお伝えしつつ、他の手続き等について記載されている本を教えてあげました。
この事業者とは後日談があって、この時のやり取りについてクレームを受けてしまいました。「丁寧に対応してくれなかった」というのです。私からしたら丁寧に対応したつもりはないので「あぁ、来たな」という程度のもの。お叱りの言葉を頂戴したわけですが、まったく気にせずに無視してしまいました。外部からの声というのは時に突き刺さってくるものです。でも本当に受け止めるべき意見なのかどうかは見定めたいもの。すべての意見を真正面から受け止める必要はないのです。
スポットの仕事のはずが次年度も呼んでもらえる
私は基本的にスポットの仕事はお受けしていません。例外は「話す仕事」の時です。こうした仕事が単発なのは当たり前ですが、講演などは喜んで承っています。この仕事の評価というのは難しいもので、こちらがいまいちだと思って終えても喜ばれていることもあります。アンケート結果を集計して送ってくれる主催者もいますが、ほぼ良い評価のコメントばかり。どこまで信じてよいやらわかりません。
「話す仕事」の評価の分かれ目は、2回目も呼んでもらえるかどうかだと思っています。翌年も同じ担当者が声を掛けてくれるということは、それなりに期待に応えられていたということだと思うようにしています。来月いただいている仕事はもう5年ほど続けて任せてもらっています。スポットの仕事のつもりが、「また来い」と言ってもらえているわけで、ありがたい評価を得ていると勝手に信じています。
先日、お話しさせてもらった先はひょっとしたらまた別の機会もあるかもしれないとのこと。もし本当にお声がけしてもらえたら、良い評価をしてもらったのだと考えることにします。
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