採用とは人生の一部を預かること
創業間もない会社が初めて従業員を採用する時に、いくつか気を付けてもらいたいポイントがあります。採用は人生を預かる行為でもあります。無駄なトラブルの発生を抑止するためにも慎重に行動しましょう。
雇用契約書にサインしたら確定
あるベンチャー企業の経営者とお話ししたときのことです。初めて従業員を採用する予定だそうで、「ほぼ決まり」だと教えてもらいました。ところがよくよく聞き出すと、肝心の処遇も折り合っていないようで、私からしたらほぼ決まりどころか「交渉中」程度の状況としか思えませんでした。
その後は案の定、条件が折り合わずに破談になったとのことで、その経営者にとっては苦い経験になってしまいました。経営者の貴重な時間を割いて採用活動に取り組んできて、ほぼ決まりと思っていたのに取り逃がしてしまったのですから。雇用契約書にサインをもらうまでは安易にほぼ決まりなどと考えず、油断せずに交渉に取り組む必要があります。
以前に私を迎えたいという地方中小企業の経営者と何度も交渉を重ねたことがあります。処遇等も折り合って、あとは雇用契約書にサインするだけ。私も家族帯同で引っ越すつもりで物件を探したり、自動車を購入しようと下調べを始めていました。ところが最後の最後で経営者から、それまでの交渉で内諾していた報酬額を当初数か月分だけ下げさせてもらいたいと打診されてしまいました。それを聞いた私は即座に辞退することに。安易に報酬を減額しようとする経営者にお仕えする気になれなかったのです。
おそらく、仲介会社へ支払う手数料(月給の〇か月分などと定められている)を減らしたい思惑があったのでしょうが、私からしたら納得できる話ではありません。丁寧にお断りして、この話はなかったことにしてもらいました。経営者は安易な条件見直しを後悔していたようでしたが、どんなに煮詰まったかのように見える話であっても雇用契約書にサインするまでは決定ではないのです。
お迎えの準備は怠りなく
ベンチャー企業が初めての従業員を迎える日には、それなりの準備をしておきましょう。オフィスの掃除、机といすとロッカーの用意、入館証等の手配など。事前に最低限しておくべきことすらなされていないと、入社初日で退職されてしまうかもしれません。
私がある関与先に初めて伺った日のことです。机と椅子と貸与PCを用意してもらっていたのですが、前任者が喫煙者だったようでいずれもヤニにまみれていました。ちょっとウエットティッシュで拭けば茶色く汚れるくらい。もちろんタバコ臭さもしっかりと残っています。まったく掃除してくれていなかったのが一目瞭然で、すっかりやる気が失せてしまいました。誰かを迎えることなど会社にとっては日常の出来事かもしれませんが、初めて足を運んだ者にとっては緊張の初日。最低限の礼儀を尽くしてお迎えしたいものです。その関与先とはよほど初日で縁を切ろうと思いましたが、不思議なことにその後も関与が続いています。
採用は人の人生を預かるということ
ある地方中小企業の経営者は従業員の心を把握していることに強い自信を持っていました。労務トラブル等について警鐘を鳴らしても「うちでは起こり得ない」といった返事が返ってきていたくらい。
ところがある従業員から採用時に遡って未払い賃金を支払うように要求があり、経営者が私のところへ泣きついてきました。すぐに判明したのが労働条件通知書を発行していないなど、適当な労務管理の数々。その後は会社近くの社会保険労務士に対応してもらうように促しましたが、自信満々だった社長にとっては鼻をへし折られるような失態となりました。採用手続きを軽視していたことから、起こるべくして起こってしまったトラブルでした。
誰かを採用するということは人生の一部を預かるということでもあります。従業員に過度に媚びる必要はありませんが、適度な緊張感を持って採用から入社の過程を見直しましょう。もちろん法令順守は当たり前のこと。知らないからと済まされることではありません。今時は行政のウェブサイトを見れば誰でも適切な採用に必要な情報を得ることができます。専門家に丸投げしようとする前に、まずは経営者自らが最低限の勉強をするのがお勧めです。
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