日本経済新聞への寄稿「事業譲った経験談生かせ」
日本経済新聞には読者からの寄稿欄があり、
私が寄稿した文章を紹介します。
「私見卓見」というコーナーです。
なぜこのような文章を寄稿したかというと、
中小企業の経営や事業承継では、
キラキラとした成功事例ばかりが目立つことに
違和感を持っているからです。
成功の裏側には、
失敗談や破綻事例も多く潜んでいるわけで、
さらに言うと、
成功事例よりも失敗事例の方がはるかに多いはずです。
私には、
江戸時代から続く家業を投資ファンドに事業譲渡したという、
苦い経験があります。
進んで人にお話ししたい内容ではないのですが、
もしこの経験が地方中小企業経営者の
お役に立つのならばと考え、
講演でお話ししたり、
文章でお伝えする活動に取り組んでいます。
地方中小企業の日々の経営に必要なのは、
「絶対に踏んではいけない地雷の場所を知ること」
です。
つまり、
名のある大企業を創業した名経営者の一代記ではなく、
名もない挑戦者たちの失敗事例から、
その教訓を十分かつ的確に学ぶことだと信じています。
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事業譲った経験談生かせ
中小企業経営者の高齢化と後継者の不在から事業承継が喫緊の課題となっている。家業を手放せないと考える経営者は多いが、存続には第三者への承継も選択肢だ。そのために事業を「渡した側」の声をもっと有効に活用すべきだ。
江戸時代に創業した家業のたち吉(京都市)を、私は2015年に投資ファンドに事業譲渡した。和食器市場が縮小する中で借入金の返済負担が重く、放っておけば資金繰りが立ちゆかなくなる恐れがあった。たとえ経営者が代わっても、大切なのは事業を生かすことだ。大胆な資金調達を早めに考えるべきだと思い、長年付き合った金融機関とM&A仲介会社の支援で新たな経営者に託した。
たち吉は現在も事業を継続している。私も第二の社会人人生を歩み始めた。現在は福岡県直方市が設けた産業振興施設で中小企業支援に携わっている。事業承継の体験談を話す機会も増えてきた。
企業の相談を受ける中、事業承継を社外の専門家や金融機関に相談しづらいと思う経営者がまだ多いと感じる。地域での承継の支援体制が整いつつあるとされるが、業務に忙殺されるなどで支援機関にたどり着けない経営者も多い。
昔は大半の中小企業で親族が事業を継いだが、中小企業白書によれば今では親族内承継は5割強という。一方でM&Aの件数は増加傾向だが、まだ多くの経営者が抵抗感を持つようだ。事業承継のセミナーでは譲られた側の声を豊富に聞ける半面、様々な事情で事業を手放さざるを得なくなった元経営者の声はなかなか表に出ない。
経営者の最低限の務めは事業を継続することだ。手遅れになる前に第三者への承継を選択肢の一つにしてほしい。それには、経営者保証や引退後の生活について経験者の話を聞き、事業承継への漠然とした不安を取り除くことが、最初の一歩を踏み出す何よりの契機となる。直面した課題や解決に向けてどう取り組んだか、当事者だから伝えられることがある。
それには地域金融機関がもっと役割を果たせると思う。地元経営者と接して情報を蓄積する強みを生かし、譲渡側の声を届けられるのではないか。社会に役立つ事業や経営資源を残していくために、経験を生かすことが必要だろう。
2019年11月1日 日本経済新聞「私見卓見」