江戸時代から続く地方中小企業は法令違反にどう対応したか
私の経営者としての大きな失敗を取り上げます。家業は江戸時代から続く陶磁器卸小売の老舗でした。2010年に父から事業承継し、必死で売上のV字回復を目指していた頃の出来事です。
食品衛生法に基づく商品回収
2012年1月、商品から食品衛生法による規制値を超える「鉛」が検出され、岐阜県から回収命令が出ました。
当時の新聞記事をご紹介します。
磁器の一部から基準超の鉛検出 「たち吉」自主回収
陶磁器販売のたち吉(京都市下京区)は、販売した磁器「黄地草花小鉢」の一部から食品衛生法の規格基準を超える鉛が検出されたとして、25日から自主回収する。健康被害が起きる可能性は極めて低いという。
同社によると、対象は岐阜県瑞浪市の子会社で昨年12月5日に製造し、同19日~今月20日までに全国の百貨店で販売された180セット(各5個入り)。同県東濃保健所の調査で基準の3・3倍の鉛が検出されたという。
2012/01/25 京都新聞朝刊
陶磁器では一般に、赤などの鮮やかな色を出すために鉛が使われます。しかし、鉛は人体に過剰に取り込まれると有害な物質です。そのため保健所による抜き打ちのチェックがおこなわれることがあり、当時も保健所からの指摘で発覚しました。
「大丈夫です。こちらで処理します」
第一報は商品部長からの電話でした。「大丈夫です。こちらで処理します」。彼が言うには、鉛毒検査で異常値が検出されるのはたまにあることだそうで、重大な不祥事のような性質のものではないと言うのです。僕は一瞬、そのまま電話を切りそうになりました。相手はベテランの部長。信頼する彼が大丈夫だと言うなら、、、。
しかし、すんでのところで「いやいや、これは緊急事態だろう」と思い直し、社長の自分が先頭に立って指揮することにしました。
回収のために新聞広告を手配したり、記者に状況を説明したり、主要な販路である百貨店のご担当者に連絡したり。回収コストが膨れ上がることが心配でしたが、スピード感を持って対応しました。
特に百貨店からはきつく叱られました。「まさかたち吉が、こんな商品を出すとは思っていなかったよ」と。それでも最後は、「きっちり対応したから、これを教訓にしてください」と矛を収めてくださいました。後日、その百貨店からスーツの販売会の案内が来たのには呆れましたが、、、。
後にベテラン従業員から「あの対応は良かったよ」と言われたことがあります。どんな内容だったかというと、保健所からの呼び出しに対して、商品部長一人を派遣するのではなく、もう一人担当者を付けたことです。商品部長の初動に疑問があったので、保健所の言葉を正確に把握するためにも人数を増やしたわけですが、当時のとっさの判断を評価してもらいました。
正常性バイアスに左右されない経営判断
しばらくたってから振り返ると回収コストは経営を圧迫するようなことはまったくなく、百貨店など顧客からの信頼も損なわれることはありませんでした。
もちろん不祥事を起こしたことは事実で、繰り返してはならないことです。しかし、事後に問われるのはその対応の誠実さとスピード感。過小評価しようとしたり、隠そうとするなどというのは論外です。
業績が窮境に陥っている時期に起きた不祥事でしたが、大きな打撃を受けることなく終息させることができました。その要因は「正常性バイアス」に流されずに、会社をあげて毅然とスピード感を持って対応したおかげではないかと思います。
そもそも不祥事を公表しなかったら?
対応を部下に任せていたら?
顧客への説明を怠っていたら?
おそらく経営に大きな悪影響が生じていたと思います。さらにその後の事業譲渡にまで余波が生じていたかもしれません。ただでさえ銀行に支えられて何とか事業を継続させることができていた家業です。不祥事をきっかけに支援を得られなくなったり、事業譲渡の相手先を見つけられなかったとしたら、突発的な破綻もあり得たのでしょう。
帝国データバンクが2021年4月に公表した「コンプライアンス違反企業の倒産動向調査」で2020年度は182件のコンプライアンス違反が原因の倒産が判明したとされています。
https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/p210403.html
企業の果たすべき法的あるいは道義的責任に対する視線は年々厳しくなっています。適正な企業でないと見なされれば取引を打ち切られたり、経営破綻に追い込まれる場合もあるのです。
幸い私は全社を挙げて対応することで、不祥事を乗り切ることができました。地方中小企業を経営していれば、規模の大小にかかわらず、トラブルは日々発生するもの。正常化バイアスに思考が流されて「大したことにならないだろう」などと現実から逃げることなく、会社を存続させるための経営判断を行いましょう。
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