経営者が絶対に使ってはいけない言葉
経営者を務めていた時に使わないようにしていた言葉があります。
「知らない」「わからない」
家業の代表取締役を務めていたのは約5年間。その間、使わないようにしていた言葉がいくつかあります。最も意識していたのが「知らない」「わからない」という言葉。父から急に事業承継したのでわからないことばかりなのですが、「知らない」「わからない」と無闇に口にするのは控えていました。
例えば取引金融機関の担当者と会社を代表して話しているとき、私が財務に関して「知らない」「わからない」と言ってしまうとその時点で終わり。言葉に詰まることのないように、自分なりの準備をして彼らと向き合うように心掛けていました。その時々の状況を伝えるためのいくつかの数字を用意したり、主だった店舗の数字を覚えておいたり。わからないなりにわかろうとしている、もしくは最低限はわかっていることを理解してもらえるように準備をしていたのです。
もちろん知らないことを知らないと言えることは大事。「知らないので教えてください」と頭を下げるとほとんどの人は丁寧に対応してくれます。私が気を付けていたのは責任逃れのための言い訳として、「知らない」「わからない」という言葉を使うこと。雇われる立場の時であれば、担当外の業務を知らないと言い放っても何の問題もありませんが、経営者は会社のすべてを把握していなければならない立場。安易に「知らない」「わからない」と言ってしまうと、経営能力を疑われることになってしまいます。
「聞いていない」
内部で特に気を付けていたのが「聞いていない」という言葉。トップが口にしてしまうと、「聞いていないから私は関係ない」「聞いていないから責任は取れない」「聞いていないからどうなっても知らない」という風に取られてしまう恐れが生じます。聞いていないと言いたくなってもぐっとこらえて事態を把握する姿勢が大事。悪い知らせが経営者の耳に入らない仕組みを作ってしまった自分が悪いのです。
悪い知らせほど迅速に経営者の耳に入るようにする文化が重要だと思っていて、悪い知らせを経営者が嫌がると従業員はそれを敏感に察知して要らぬ忖度をするようになります。私は窮境に陥っている会社を経営していただけに、何か起きたら「よし出番だぞ」というくらいの気構えでいました。良い知らせは誰かの手柄にしてもらえば良くて、悪い知らせであれば経営者が腕を振るう局面が訪れたということなのです。
代表取締役を務めているときに不祥事を2件起こしてしまいましたが、1件は長期間、行政とやり取りしていたもの。もう1件は突発的に発生したもので、初期対応を間違えなかったおかげで経営上のダメージをほとんど受けること無く収束させられました。もし初報を受けた時に私が「そんなことは聞きたくない」「そんなことが起こり得るなんて聞いていない」などと反応していたらどうなっていたでしょうか。従業員も逃げ腰になってしまい、事態がさらに悪化していたことでしょう。
世の中で起こることはすべて経営者の責任
私は顧問先の経営者に「会社の前の道路で信号が赤に変わるのも経営者の責任だ」と申し上げています。理不尽なようにも聞こえますが、これくらいの覚悟が無ければ経営者なんて務まりません。経営なんて理不尽なことの連続なのですから。そもそも不確かな未来に向かって判断を下し続けなければいけないなんて、その時点で理不尽です。世の中すべての事象が自分の責任だと割り切るくらいがちょうど良いのです。
江戸時代から続く家業を投資ファンドに事業譲渡した後、支えてくれた仲介会社の方に宴席を設けてもらいました。会社を破綻させた元経営者にわざわざ会いたがるなんて不思議な人だなと思いながら出かけてみると、「会社を畳む局面で自分の利益ばかりを考える経営者が多くて常々うんざりしていた。ところが今回はいさぎよく対応してくれたので気持ちよく仕事ができた」と言います。私からしたら守るべきものなんてなくて、なんとか事業を存続させようと決断しただけ。さらに言えば、実務をしてくれたのは頼りになる先輩従業員たち。私が何かをしたわけではありません。それでも強いて挙げるなら、逃げずに真っ正面から責任に向き合ってきたつもり。それを社外の人が見てくれていたのがうれしかったです。
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