現在のやり方を続けた場合、10年後に存続できているか
地方中小企業の経営者と初めてお話しする際に尋ねることの一つが「10年後にも存続可能ですか?」という質問です。わざわざ私と話そうと考える経営者ですから、現在や未来に不安を抱えているはず。その漠然とした不安のレベルをどれだけ現実的に認識できているかを確認するために聞くことにしています。
10年後も稼ぎ続けられる事業か
そもそも10年後にも会社に利益をもたらしてくれる事業かどうかを見定める必要があります。下降トレンドが長く続いている事業なのに、漫然と継続していないか。どこかで事業の限界は感じ取っているのに見て見ぬ振りをしていないか。明日は間違いなく存続しているだろうけれども、じゃあ10年後にも存続可能なのかを冷静に思考してもらいたいのです。
かつての家業は百貨店事業で大きく成長することができましたが、バブル期が業績の頂点で以降は売上の下落傾向が続きました。当時の(私も含めた)経営者の思考は「いつかは下げ止まるはず」というもの。そこには何の明確な根拠らしいものはなくて、せいぜい「あれだけ稼がせてもらった事業なのだからゼロになることはない」という程度の認識でした。売上が下がっているいっても日銭が入り続けるのがありがたく、事業の成長のバトンを繫ぐことをしないままに、最後は投資ファンドに事業譲渡せざるを得なくなりました。
また高度に組織化されると、事業の存続よりも組織の存続が優先されがちです。従業員は日々の仕事に忙殺されていて、事業の将来性を俯瞰して思考できることは少ないでしょう。その時、経営者が10年先を見据えてどこまで既存事業に注力すべきかを判断する必要に迫られます。窮境に陥ってから事業を転換しようとしてもすでに体力が大きく損なわれていることがほとんど。勇気を持って、まだ既存事業の余力が残されているうちに、退路を断って新しい道を進む決断が求められます。
10年後もキーパーソンは存在しているのか
地方中小企業にありがちなのが、ベテラン従業員の属人的な働きで維持されている既存事業が存在すること。まだバリバリと働けているうちは良くても、人は誰しも毎年1歳ずつ歳を重ねていきます。ではキーパーソンの年齢はいくつなのか、そして10年後にはいくつになっているのか。10年後に明らかにかつてのような働きを期待できない年齢になっているのであれば、特定のキーパーソンに依存している事業は存続し得ません。
私が関与先で勧めているのが、従業員のスキルマトリクスを作成しておくこと。日々の業務が円滑に進められているからついつい見落としがちなのですが、誰がどんな業務をどのレベルで遂行可能なのかを可視化しておくのです。すべての業務にメイン担当者とバックアップ可能な人の名前を挙げられるのであれば良し。反対に、メイン担当者はいるものの、他にその業務を理解している人がいないのであれば事業の持続可能性に黄色信号が点っています。さらに10年後のそれぞれの従業員の年齢も加味してスキルマトリクスを眺めると、今日明日の事業の状況とはまた違った様子を想像することが可能になります。
ある関与先で従業員のスキルマトリクスを作成したところ、特定の業務にバックアップメンバーが存在していないことに気付くことができました。メイン担当者が何かの拍子に休んだり、退職してしまった時に、たちまち日々の業務に重大な支障が生じることがわかったのです。さっそく経営者はバックアップメンバーを計画的に育成することに着手。今日明日の業務に何の支障が生じていなくても、もし何かあった時に備えて当該業務をざっくりと理解している別の従業員を用意できるように準備しているところです。
10年後に目をつぶるな
会社や事業の10年後に責任を持てるのは経営者だけです。日々の業務から一歩離れて思考することのできる特権を持っているからこそ、将来の事業に思いを馳せて何をすべきか考える必要があります。経営者の役割はビジョンを定めて旗を振ることとはよく言われていることです。毎月の売り上げや資金繰り予測表を眺めて一喜一憂するだけでなく、経営者ならではの時間軸の長い視点を持ち、事業の成長のバトンが繋がるように種まきを怠らないようにしましょう。
ある老舗企業の専務が私のところにいらした時のことです。業績は堅調で生産設備もフル稼働状態が続いていると言います。それでも専務は「次の世代の従業員たちのために、今から新規事業を始めておきたい」と前向きに挑戦を始めようとしていました。既存事業のピークが過ぎてから付け焼き刃の新規事業を始めるのではなく、事業が堅調なうちから種まきを始めておこうとするその姿勢に感銘を受けたのを今でも覚えています。
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