「過去の経験」を売る
中小企業支援家に転身して初めての相談対応をしたのが2017年3月。その時の事業者さんが近況を報告してくれました。
初めて相談対応をした事業者さんからの近況報告
商売というと実体のあるものを仕入れて売ることを真っ先に思い浮かべがちですが、自分の過去の経験を売ることも可能です。つまり、何かを教えるということです。
私が中小企業支援家に転身して初めてお話しした事業者さんに対しては、その後何度も対話を続けていく過程で「経験を売る」ことを提案していました。農業を営んでいるその事業者さんは、業界の常識にとらわらずに様々な挑戦を続けています。私にはその挑戦の過程が貴重な資産であるように思えたのです。保守的な業界だからこそ、閉塞感を抱いている人にとってはお金を払ってでも教えてもらいたい経験であるはず。ぜひご自身の経験を講座かなにかで提供してみてくださいとお話ししたのを覚えていました。
その後、私が自営業に移行し転居したのでしばらくお話しする機会がありませんでした。ところが、ついこのあいだ近況をお知らせしてくれました。専門学校で学生を相手に講演する機会があったとのことで、これまでの挑戦とその成果を評価されて教壇に立つことができたのでしょう。「今後は講演業も仕事の一つにできるように学びを続けていきます」と頼もしく結んでくれていました。
私は地方中小企業の経営者や創業を志す方に知恵とアイデアを提供することが仕事です。ただし、実際にその知恵とアイデアを活用するかどうかは経営者が決めること。様々な理由で実行に移されないことも多々ありますし、即座に試して成果を手に入れる人もいます。今回のように事業者から新しい挑戦が身を結んだと報告をいただけるのは、中小企業支援家としてうれしい瞬間の一つです。
賞味期限切れに気をつける
「過去の経験」を取り扱う場合、賞味期限切れに注意が必要です。いつまでも同じ話ばかりしていると思われる前に、次のステージへ移らなくてはなりません。会社のベテラン従業員が過去の成功談を若手に説教し続けるような事態はみっともないだけ。当初は喜ばれていたとしても、いつしか煙たがられていることに気づけなかったら情けないことです。
ある経営者は自分の成功事例を講演や書籍でしきりに喧伝しています。ところが出てくる話はいつも同じで、最近の取り組み事例はどうやら皆無の様子。最初こそ多くの人にちやほやとされていましたが、「あの事例をまだ話している」などと言う声が私の耳にも入ってきたことがありました。最近はかつてほど活躍されていないようで心配しているところです。
このことは私自身にも当てはまることで、江戸時代から続く家業を投資ファンドに事業譲渡したのは2015年3月のこと。ちょうど10年になる来年あたりで、自分の見せ方を切り替えないといけないと考えています。いつまでも家業を畳んだ話をしていても進歩がないですし。新しい挑戦を始める時期が近づいているのを自覚しています。
資料の有無が出来栄えを大きく左右する
過去の経験を売る場合、裏付けとなる資料が残っているかどうかが「商品」の出来栄えを左右します。財務の資料や、当時の様子を伝える画像、新聞記事など。自分の頭にあることだけでは客観的に取りまとめることは困難で、裏付けとなる資料があれば質の高いまとめ方をすることができます。
私が日経BP社の取材を受けた時には、講演で話した内容を裏付ける資料をもったいぶることなく提供しました。相手から求められる前に「おそらく裏付けが必要であろうな」と思われる数字の資料などを積極的に開示したのです。記事に差し込む画像が欲しいと言われたときには家族写真も探し出してお送りしました。こうして資料を提供して書かれた記事は完成度が高く、その後の講演にも役立っていますし、何より貴重な自己紹介資料として多くの人に読んでもらっています。
「過去の体験」を売る最大のメリットは新たな仕入れが発生しないということ。かつて茶わん屋で在庫の山に頭を悩ませた私としては、無形の商品を売ることができるというのはなかなか新鮮な体験でした。今でこそ年に数回の講演をさせてもらっていますが、当初は「当たり前のことを話すだけで報酬をもらえるの」と驚いていました。
自分のこれまでの体験を提示することで、今を生きるどなたかの参考になるのであればこれまでの苦労も少しは報われるというものです。自分の人生は誰にとっても当たり前のものですが、見る人によってはお金を出してでも共有したい経験なのです。
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