地方中小企業の事業譲渡を従業員にどのように告げたか
家業の代表取締役を務めていた際に何度も見た悪夢があります。その内容は、事業の破綻を告げる従業員向け説明会で、長く会社を支えてくれた従業員から叱責されるというものでした。
従業員にどのように話したか
実際の従業員向け説明会で私が何をお話ししたか、当時のメモが残っているのでそのまま紹介します。
株式会社たち吉は事業譲渡を行なった上で、特別清算を目指すことになった。ついては全従業員を3月31日付で解雇します。
創業1752年の歴史ある、たち吉の茶わん屋としての事業と全国のお客様と百貨店を始めとする売り先に認知していただいている「看板」は、投資ファンドであるニューホライズンキャピタル株式会社が100%出資する新会社が4/1以降、譲り受けることになります。新会社と現たち吉は資本も経営も全く関係のない会社ではありますが、伝統ある事業は存続できることになります。新会社は現たち吉の従業員を積極的に採用したいとのことなので、ぜひ採用面接を受けていただきたいです。
なお、正社員の退職に伴う退職金はお支払いすることができない状況です。12月末現在で11億8千8百万円の債務超過であり、3月末に見込まれる現預金の残高は321万5千円です。さらに新会社への事業譲渡に当たっては相当な債権放棄を金融機関にお願いしています。従ってお支払いする原資がありません。
64期決算で債務超過に陥って以来、外部からの資本を調達することによって、財務の抜本的な改善を図ることを目指してきました。しかし、売上の低落傾向に歯止めがかけられず、また自社のみで資金繰りを廻すこともままならなくなってしまいました。昨年8月以降は提供できる担保の枠を超えて金融機関からの支援を受ける状況が続いています。また再来月4月単月の資金繰り予想では6千万円以上が不足する見込みです。
事ここに至っては第二会社方式による経営再建で最大限の雇用とブランドを守ることが、私に唯一残された、債権者である金融機関と合意し得る方策となりました。
第二会社のスポンサーについては,何とか従業員の皆さんの雇用をできるだけ維持するという観点から、ニューホライズンキャピタルを選定し、この間、できる限りの交渉を続けてきました。
退職金を支払えないことを申し訳なく思います。これについては労働者健康福祉機構の未払賃金立替払制度を使っていただきたいです。同制度を利用すれば、年齢別の上限額(88万円~296万円)の範囲内で未払額の8割が立替払いされます。立替払いの手続がスムーズになされるよう、会社としてもできる限り協力させていただきます。また新会社に移らない方に対しても取り得る最大限のご支援をしたいと考えています。
3/31まで現在のたち吉の一員としてベストを尽くされることを願います。4/1以降は新たな会社で新たな経営者の下で活躍をご期待します。
当日の様子
従業員向けの説明会は本社のある京都で1回、東京で2回行いました。当時の私の日記を読み返すと以下のように記載しています。
2015/2/16
京都での正社員向け説明会。こういう説明会をやりたくなかったが、その日が来てしまった。
午前午後の二回開催。感情的な反応はゼロ。労働組合から変な質問や動きもなし。投資ファンドの選んだ新社長予定者は場慣れしていないのか声が小さいし、手が震えていて、かわいそうな感じ。意図的にそういう方を選んだのだろうか。○○さん(ベテラン従業員の1人)からは、今日という日に会長(父)と会いたかったと言われた。
投資ファンドが利用しているコンサル会社の人間が、無断で写真だか動画を撮っていたのに腹が立った。投資ファンドの社長からは、このような従業員向け説明会は何度も立ち会ってきたが、今回のように紛糾しなかったのは初めてだと感想をもらった。
経営者の一番のミッションは事業を存続させること
このように実際の現場は粛々と進行し、悪夢に見たようなお叱りの言葉をもらうこともありませんでした。
なぜ紛糾しなかったのかと考えると、投資ファンドへの事業譲渡を従業員が比較的前向きに捉えてくれたというのが大きいのかなと思っています。
早期退職制度を運用する過程で、割増退職金をお支払いする機会が何度もありました。そういった機会があったにも関わらず残ってくれた従業員が、説明会に出席していたのです。彼ら彼女たちは資金繰り破綻による突発的な事業の終了という最悪の事態と比べ、投資ファンドへの事業譲渡に将来を感じてくれたのだと思います。
経営者の一番のミッションは事業を存続させることです。存続させないことには社会にインパクトを与えられませんし、従業員とその家族に幸せな家庭を築いてもらうこともできません。
私の家業の場合はなんとか投資ファンドに事業譲渡し、事業を存続させることができました。至らない経営者ではありましたが、最低限の役割は果たしたつもりです。
この原稿を書いている2022年9月現在、かつての家業はまだ投資ファンド傘下にあるようです。苦しい状況にあるのかもしれませんが、新しいオーナーの元で事業を存続し、茶わん屋として社会にインパクトを与えてもらいたいと願っています。
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